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横浜地方裁判所 昭和48年(ワ)1828号 判決

原告

梅沢文雄

原告

小滝ミサ

原告

小滝裕二

原告

阿部兵助

原告

阿部てるよ

右原告ら訴訟代理人

横山国男

岡村三穂

山内道生

被告

沢野商事株式会社

右代表者

沢野富士雄

右訴訟代理人

上村恵史

高田正利

會田努

被告

緑開発不動産こと

北村敏男

右訴訟代理人

村瀬統一

主文

一  被告らは各自、原告梅沢文雄に対し、金三一八万三〇八三円及び内金二一九万九八〇〇円については昭和四九年一月二一日以降、内金九八万三二八三円については昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告小滝ミサ、同小滝裕二に対し、金一六一万八六八三円及びこれに対する昭和四九年一月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは各自原告阿部兵助、同阿部てるよに対し、金二二二万〇八三三円及び内金一四七万九〇〇〇円については昭和四九年一月二一日以降、内金七四万一八三三円については昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの、その二を原告小滝ミサ、同小滝裕二の、その余を原告梅沢文雄及び同阿部兵助、同阿部てるよの負担とする。

六  この判決は第一ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告梅沢文雄に対し、金三一八万三〇八三円及び内金二一九万九八〇〇円に対する昭和四九年一月二一日以降、内金九八万三二八三円に対する昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による金員並びに昭和四八年九月一日以降昭和五九年六月一三日まで一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告小滝ミサ、同小滝裕二に対し、金四一三万二三三三円及び内金三四一万九八五〇円に対する昭和四九年一月二一日以降、内金七一万二四八三円に対する昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

3  被告らは各自、原告阿部兵助、同阿部てるよに対し、金二五六万五八三三円及び内金一八二万四〇〇〇円に対する昭和四九年一月二一日以降、内金七四万一八三三円に対する昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告梅沢文雄(以下「原告梅沢」という)は昭和四五年三月一一日別紙物件目録記載(一)の土地・建物(以下「原告梅沢の土地・建物」という)を代金七五〇万円で、原告小滝ミサ、同小滝裕二(以下「原告小滝ら」という)は昭和四五年八月一七日別紙物件目録記載(二)の土地・建物(以下「原告小滝らの土地・建物」という)を代金六二五万円で、原告阿部兵助、同阿部てるよ(以下「原告阿部ら」という)は昭和四五年五月二八日別紙物件目録記載(三)の土地・建物(以下「原告阿部らの土地・建物」という)を代金六五〇万円で、それぞれ被告緑開発不動産こと北村敏男(以下「被告北村」という)から買受けた。

2  (隠れた瑕疵の存在)

右売買契約時には、右各土地・建物(以下「本件各土地・建物」という)に瑕疵は発見されなかつたので、原告らは、それぞれ何ら瑕疵のない物件として本件各土地・建物を買受けたのであるが、原告らが本件各建物に入居して間もなく、右各建物のドアの開閉が出来なくなり、タイルや壁のひび割れが生じ、昭和四八年四月頃から本件各土地の地盤沈下及び本件各建物の傾斜がみられるようになった。これは、売買契約時次のような瑕疵が存在したことによる。

即ち、本件各土地はもと沼地の一部で、その沼地を宅地造成した上、本件各建物が建築されたのである。

ところで、右のような軟弱地盤を宅地造成をするに当つては、地盤沈下などにより地上建物が傾斜することなく、正常にその用を果し得るだけの地盤固め工事及び排水工事が必要であつたのに、これがなされていなかつたため、本件各土地は通常の宅地としての機能を具備しないものであつた。

そして、本件各建物は右のような軟弱地盤の上に建築されたものであるから、その基礎工事に当つては、地上建物が傾斜することのないように通常の建築工事以上の頑丈な工事、即ち支持杭を使用するか、地盤が固まるまでの相当な期間を置いて建物を建築するなどの工事が必要であつたのに、これを欠いていたものである。

3  (損害)

右瑕疵の結果、原告らは次のような損害を被つた。

地盤沈下による本件各建物の傾斜は、いずれも右各建物北東隅基礎部分に比して北西隅のそれが低く、その高低差は昭和四八年一二月一一日の測定で、原告梅沢の建物において最大三七センチメートル、原告小滝らの建物において最大三六センチメートル、原告阿部らの建物において最大一九センチメートルであつた。

右の結果、原告梅沢の建物では、風呂場のタイルが壊れ、浄化槽が沈下して下水が逆流し、便所も水が流れないなどによりいずれも使用不能となり、また机の上において茶碗が滑り落ち、安心して睡眠も出来ない状況になり、昭和四八年九月一日以降右建物には居住していない。

原告小滝らの建物では、昭和四七年四月頃に風呂場のコンクリートに亀裂がみられ、サッシ窓の鍵が不良となり、雨戸の使用が不能となり、下水が流れなくなつた。

原告阿部らの建物では、同年四月頃から玄関などの建具の開閉が不自由になり、家にいても家の傾きが体に感じられる状態になつた。

その後、本件各土地の地盤沈下は進み、昭和四九年一二月一七日の測定では、原告梅沢の建物で最大四〇センチメートル、原告小滝らの建物で最大三九センチメートル、原告阿部らの建物で最大二二センチメートルの、昭和五二年一月一五日の測定では、原告梅沢の建物で最大六〇センチメートル、原告小滝らの建物で最大五一センチメートル、原告阿部らの建物で最大二八センチメートルの高低差が生じている。

右の地盤沈下による影響は今後更に悪化することが予想され、早急に本件各土地の地盤沈下を防止する工事が必要であるとともに、原告らの本件各建物を正常な状態に回復する必要があるが、そのためには、本件各建物を水平に復し、その基礎工事をなし、毀損部分の補修及び周囲のブロック塀の補修工事が必要である。

また、右補修工事には一か月の期間が必要であるが、その期間中の休業補償、代替家屋への移転及びその貸借、店舗の取毀及び新規工事が必要となる。

これらの損害は別紙損害金一覧表記載のとおりである。

4  (被告北村の責任)

被告北村は、原告らに対し売主の担保責任として前記損害を賠償する責任がある。

5  (被告沢野商事株式会社の責任)

(一) (民法第五七〇条、第五六六条の瑕疵担保責任)

(1) 被告沢野商事株式会社(以下「被告沢野商事」という)は建売住宅の施工、販売を業とする会社であるが、本件各土地・建物の売買契約は前記1のとおり原告らと被告北村との間でなされているが、右契約の場所、売買代金支払はいずれも被告沢野商事の事務所でなされており、被告沢野商事も右売買契約につき、被告北村とともに売主の地位にあつた。

(2) 前記2のとおり本件各土地・建物には瑕疵が存在し、前記3のとおりの損害を被つた。

(3) よつて、被告沢野商事は被告北村とともに連帯して原告らに対し、瑕疵担保責任として損害賠償の責任がある。

(二) (民法第七一五条の使用者責任)

(1) 被告沢野商事は、被告北村を使用して、同人に前記1のとおり本件各土地・建物を原告らに販売させた。

(2) 被告北村は右売買契約の際、本件各土地・建物には前記2のとおりの瑕疵が存在していたにも拘らず、右各土地・建物を販売した過失があつた。その結果、原告らは前記3のとおりの損害を被つた。

(3) よつて、被告沢野商事は原告らに対し、民法第七一五条の使用者責任として損害賠償の責任がある。

(三) (民法第七〇九条、第七一六条の不法行為責任)

(1) 本件各建物の建築は被告沢野商事が昭和四五年二月一二日長岡工務店こと長岡年一(以下「長岡」という)にこれを注文し、長岡は右工事のうち、基礎工事を鳶松組こと鈴木久雄(以下「鈴木」という)に下請させてこれを施工したものである。

(2) 本件各土地一帯はもと沼地で軟弱な地盤であり、かつこのことは被告沢野商事代表者の沢野富士雄において十分承知していたことであるから、これを宅地に造成し、建物を建築するに当つては、地盤を十分に調査し、これが十分に固まっていることを確かめた上で工事に着手するか、或いは地盤沈下による建物の傾斜を防止するため、建物の基礎工事に支持杭を打込むなどの工法を採るよう長岡に指示する注意義務があつた。しかるに被告沢野商事は右の地盤調査を十分に行うことなくわずか三日という短期間のうちに本件各土地の整地を行い、そして、右土地上に長岡をして摩擦杭を多少多く使用した程度の基礎工事のもとに本件各建物を建築させたのであつて、工事注文者として必要な注意義務を欠いた過失がある。その結果、本件各建物は、建築工事の基礎工法の不備、即ち、摩擦杭の使用に当り、これを埋土部分を貫いて有機質土層まで貫入させたため、地盤を破壊させたことと軟弱地盤の圧密沈下とが合成されて、傾斜沈下をきたし、原告らは前記3記載のとおりの損害を被つた。

(3) よつて、被告沢野商事は原告らに対し、注文者として民法第七〇九条、第七一六条但書の不法行為による損害賠償の責任がある。

6  よつて、原告らは前記各請求権に基づき、被告らに対し各自次の金員の支払を求める。

(一) 原告梅沢は金三一八万三〇八三円及び内金二一九万九八〇〇円については訴状送達後である昭和四九年一月二一日以降、内金九八万三二八三円については請求を拡張した第二七回口頭弁論期日の翌日である昭和五八年一月二〇日以降完済まで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和四八年九月一日以降弁論終結まで一か月金四万五〇〇〇円宛の賃料相当損害金。

(二) 原告小滝らは金四一三万二三三三円及び内金三四一万九八五〇円については訴状送達後である昭和四九年一月二一日以降、内金七一万二四八三円については前記昭和五八年一月二〇日以降完済まで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

(三) 原告阿部らは金二五六万五八三三円及び内金一八二万四〇〇〇円については訴状送達後である昭和四九年一月二一日以降、内金七四万一八三三円については前記昭和五八年一月二〇日以降完済まで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  (被告北村)

請求原因事実1は認める。同2、3はいずれも知らない。同4は争う。

2  (被告沢野商事)

請求原因事実1ないし3はいずれも知らない。同5のうち(一)、(二)は否認し、(三)の(1)は認め、(2)のうち本件各土地を三日で整地したこと、長岡に本件各建物を建築させたこと、鈴木が基礎工事として摩擦杭を本件各土地に打込んだことは認め、その余は否認する。(3)は否認する。

3  (被告らの主張)

本件各土地が地盤沈下し、その結果本件各建物が傾斜するに至つたのは次の原因によるものである。

即ち、本件各土地の西側に隣接する横浜市鶴見区馬場一丁目一四二七番一、同所一四二八番、同所一四二九番、同所一四三〇番一、同所一四三二番一、同所一四三三番の各土地(六筆合計面積九七七平方メートル)は藤本千代(以下「藤本」という)の所有地(以下「藤本所有地」という)であるが、同人は昭和四七年九月頃から右土地を埋立て、同年暮れにはその盛土が本件各土地との境界に達し、その後本件各土地より著しく高い状態となつた。藤本所有地は埋立以前においては本件各土地よりも低く、雨水はその土地に流れ込んでいたが、右埋立工事以後は逆に本件各土地に水が流れ込む状況になつた。そして、その頃から本件各建物の傾斜が始つた。従つて、本件各建物が傾斜するに至つた原因は隣地の埋立工事による盛土の圧力により本件各土地の地盤の沈下をきたしたことによるものと考えるほかない。これは本件各建物が建築されて三年以上も経過した頃から傾斜が始まり、しかも右傾斜は埋立てをした隣接地の方向へと向つていること、現在埋立てが中止されて傾斜の進行も止つていることからみて明らかである。

三  被告らの主張に対する認否及び反論

1  本件各土地の隣地が藤本所有地であること、藤本が同地を埋立てたこと、本件各建物が隣地方向へ傾斜(正確には斜め方向)していることを認め、その余は知らない。

2  盛土による応力が隣地に及ぼす影響は隣地を押し上げる方に力が働く場合もあり、藤本所有地の埋立てにより、本件各土地の地盤沈下が生じたということはできない。

仮に、藤本所有地の埋立てにより本件各土地の地盤が沈下したとしても、隣地の盛土により地上建物が傾斜するが如き地盤であること自体、宅地としての瑕疵があるといわなければならない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実1は、原告らと被告北村との間で争いがなく、これにより被告会社との間でもこれを認めることができる。

二〈証拠〉によれば、原告らは昭和四五年に本件各建物を買受けて入居したが、半年位経過した頃から、原告梅沢の建物の玄関、便所、風呂場などのドアが閉らなくなつたので、建築業者の長岡にドアの縁を削つてもらい、昭和四六年頃には風呂場のタイルにひび割れが生じたのでセメントで補修し、下水の排水が不良となり、昭和四七年頃にも以上と同様の状況が再現し、昭和四八年頃には風呂場のタイルのひび割れがひどくなつて修理ができなくなり、風呂場を新しくつくり直したこと、原告小滝らの建物も、昭和四六年一一月頃から玄関のドアやサッシ戸が閉り難くなり、昭和四七年九月頃には土台が沈下して風呂場のタイルにひび割れが、柱と壁との間にすき間が、また殆んどの柱にひび割れが生じ、玄関の二本の柱が二〜三センチメートル程宙吊り状態になり、浴槽もとりかえざるをえなくなり、昭和四八年には部屋全体が傾斜しベッドを水平に保つため脚部に約一五センチメートルの木板をあてがう必要を生じるなどしたこと、原告阿部らの建物にも、昭和四七年頃階段下の物置の戸が閉らなくなつたので、その縁を削り、昭和四八年以後も玄関や風呂場の戸の開閉が順次不自由となりその都度縁を削つて滑りをよくしたが、逐年悪くなつたほか、四八年頃には店舗出入口のガラス戸と柱との間に隙間が生じ、一部の窓のガラス戸が部屋の傾斜のため独走するようになり、昭和四九年には浴槽のタイルにひびが生じ、修理しても半年位で再発し、爾後再発期間が短くなつていつたこと等の事実が認められる。

そして右各証拠のほか、〈証拠〉によれば、本件各建物はいずれも昭和四八年四月頃から東側に面する道路側とは反対の西方向に沈み込んで傾斜するようになつたこと、本件各建物の東南角を基準として西北西の角との高低差は、昭和四八年一二月一一日の測定で、原告梅沢の建物が最大三七センチメートル、原告小滝らの建物が最大三六センチメートル、原告阿部らの建物が最大一九センチメートルであり、昭和四九年一二月一七日の測定でそれぞれ最大四〇センチメートル、三九センチメートル、二二センチメートルであり、昭和五二年一月一五日の測定でそれぞれ最大六〇センチメートル、五一センチメートル、二八センチメートルに達したことが認められる。

三そこで、本件各建物の右傾斜の原因について検討する。

1  本件各土地の地質について

〈証拠〉によれば、昭和五六年一月実施された地質調査の結果、本件各土地附近は、地表面から埋土、有機質土、シルト、固結シルトと細砂の互層から構成されていること、埋土は人工的につくられたもので、地表面附近を厚さ2.4から3.4メートルでおおつており、構成上更に上部埋土と下部埋土に分けられ、上部埋土は土質名として砂質シルトと分類されるが、この中に他所の土や種々雑多な多量の異物が混入されていること、この層の標準貫入試験値(土層の硬軟の程度を調べる試験の成果、N値)はN=五位でゆるいこと、埋土の下に有機質土層があり、地下2.4メートルから9.4メートルに厚さ5.1メートルから6メートルほどで分布し、この地盤では大きな割合を占めていること、腐植物を多量に混入してピート(泥炭)状を呈し、全体として未分解の植物せんいがみられ、含水比は一五〇パーセントから三七〇パーセントできわめて多量の水分を含む土であつて、N値は一回から二回程度で非常に軟弱であり、圧縮性が大で、支持力は小さいこと、有機質土層の下にシルト層又は砂質シルト層があり、地下7.5メートルから10.4メートルに厚さ0.8メートルから2.9メートル程度で分布し、有機物、雲母片、小さいれきを混入しており、N値は三回から九回(一部では二六回)で軟かいものから中位のかたさのものまであり、場所により異なること、基盤土層をなす互層は地下10.2メートルから10.4メートル以下に分布する固結シルト及び細砂からなり、浮石、雲母片などを少し含み、砂粒子はほぼ均等で、N値は五〇回以上でかたく密な状態にあり、この層は一般に構造物の支持地盤の対象となるものであること、地下水位の高さは地下0.3メートルから1.3メートルでかなり高く本件各土地が軟弱地盤となる要因の一つであること等の事実が認められる。

2  次に本件各土地の整地及び本件各建物の建築の経緯について検討する。

〈証拠〉によれば、本件各土地はもと天水国雄、同かつの共有の田であり、友野一雄が祖父の代から稲を耕作していたが、昭和三八年頃に同人が耕作をやめてからは、ここに廃木やごみが投棄され、その後鋳物砂が埋入されたが、なお水が溜つている状態であつたこと、被告沢野商事は昭和四四年一二月中旬頃本件各土地を買受けて、ここに建売住宅の建築を計画し、昭和四五年二月下旬太陽企業株式会社に依頼して三日間位のうちに右鋳物砂をブルドーザーでならし、その上に赤土と残土を盛つて更にブルドーザーで転圧して平らな宅地としたこと、他方、被告沢野商事は同年二月一二日本件各建物の建築を長岡に依頼し、同人は右各建物の基礎工事を鳶職の鈴木に依頼したこと、被告沢野商事代表者沢野富士雄は基礎工事について長岡及び鈴木と協議し、本件各土地がもとは田であつたので木造家屋程度の建築には通例では使用しない松杭を摩擦杭として一棟あたり二五本程度打込むことを決めたこと、そこで鈴木は末口が一五センチメートル位、長さが四メートルの松杭を本件各建物の四隅の通し柱の下には二本ずつ合計二五本程を基礎として打込み、その上に割栗石を並べ、いわゆる捨コンをして、その上に幅一二センチメートル、高さ五〇センチメートル(低いところで三六センチメートル)とするコンクリートの布基礎を設置して建物の基礎工事を完成したこと、以上の工事に先立つて本件各土地の地質調査はなされなかつたこと等の事実を認めることができる。

3  本件各土地沈下の原因について

〈証拠〉によれば、前記認定の本件各土地の地質構造及び鈴木が打込んだ木杭の長さにかんがみ、右松杭の杭先が埋土部分を貫いて有機質土まで貫入し、これがかえつて地盤を破壊して、支持力を低下させ、これと埋土、有機質土、シルト等の軟弱地盤の圧密沈下とが建物の傾斜と沈下を合成したと考えられること、この地盤はその強度からみて摩擦抵抗が小さく、前記木杭は摩擦群杭としても本数が足りないことが認められる。

4  ところで、本件各土地のような軟弱地盤上に建物を建築する場合に基礎工法としてとるべき方法としては、〈証拠〉によれば、まず、予め地盤調査を実施しておく必要があること、その上で、第一に、良質の材料、即ち良い砂とか砂利をもつて地表面から五、六メートルまでを置換してこの埋土材をよく締固める工法が考えられること、この埋土の中にべた基礎をコンクリート材でつくつて荷重をなるべく浅く広く分散させ、それでも安定を保つことができないと予想される場合は置換層の中に短尺の寸法の杭を多数入れるが、この場合下の有機質土層に杭を貫入してはならないこと、第二に、支持杭を使用すべきこと、即ち既製鉄筋コンクリート杭を杭打ちによる貫入ではなく埋込み工法で支持地盤に設置すること、この場合既製杭を打込み工法で貫入すると、打込みにより周囲の地盤をかく乱させ、また地盤中に過剰間げき水圧を発生させることで地盤自身の強度を低下させるし、広い範囲にわたつて周辺の既存構造物に多大な損傷を与える可能性があるので避けること、第三に、深層混合処理法という軟弱地盤改良工法を採用し、或いは土地を地盤が固まるまで長年放置しておくという方法などが考えられること等の事実が認められる。

これに対し、本件各建物の基礎工事は、前記2のとおり、本件各土地が従前水田として耕作されており、その地盤が軟弱であると予想されるにも拘わらず、事前に地質調査をすることもなく、短期間のうちに調整された土地内に、摩擦杭として松杭を多少多く打込んだ程度であり、しかも、摩擦杭が有機質土層を貫入したためその支持力を破壊するに至つたもので、本件各建物の傾斜と沈下は本件各土地の地盤の軟弱性とかかる軟弱地盤上における建物建築に際してとるべき建築工法の過誤によるものと認めることができる。

5  証人花崎定一は、田など支持地盤が軟弱な土地については、松杭を打ち、その摩擦力で建物の重量を支持させる工法をとるのが一般であり、木造家屋の場合は支持杭を打つことはほとんどないと供述するが、右4の事実に照らして少なくとも本件の場合は右の工法は採用できない。

6(一)  ところで、被告らは本件各建物の傾斜の原因は、本件各土地の西側に隣接する藤本所有の土地(もと水田)の埋立工事により、その盛土の圧力で本件各土地の地盤沈下が生じたことによると主張し、乙第一八号証(花崎定一作成の意見書)及び証人花崎定一の証言は右主張に副うものである。

(二)  〈証拠〉によれば、本件各土地の西側に隣接して藤本所有地約九七七平方メートルがあり、昭和三九年頃まで水田として耕作され、その頃耕作をやめ、しばらく放置されていたが、昭和四七年九月頃から昭和四八年春にかけて数か月間に埋立てられたこと、右埋立は本件各土地との境界一杯までなされ、従前は藤本所有地は本件各土地より三〇センチメートル程低かつたのに、これに一メートルないし1.5メートルの土盛がなされた結果本件各土地より高くなったことが認められる。

(三)  前記乙第一八号証及び証人花崎定一の証言によつて示される同証人の見解によれば、本件各建物直下部分と隣地(藤本所有地)の盛土部分の各上載荷重を比較すると、前者は後者よりはるかに小さいから隣地盛土による上載荷重によつて原地盤が沈下をおこし、この応力は周辺部分にも影響するので本件各建物の存在する部分の地盤が傾斜し、本件各建物が影響を受けたものであるという。

(四) しかしながら、鑑定証人村田清二は、隣地の盛土自体の重量と本件各建物の重量との比較につき、両者を全体的に単純に比較することはできないが、部分的には建物の方が重いといえるとして、証人花崎定一の証言とは反対の見解を示していること、証人関孝、鑑定証人村田清二の証言及び鑑定の結果によれば、盛土に伴う地盤の挙動を正確に予測するには、いろいろな計測機器を予め埋設して計測システムを完備させておかなければならないが(本件の場合、計測の記録がない)、本件各土地と土質条件の似た土地について過去に実施された工事例やその他の報告を参照して推測すると、盛土の沈下に伴う周辺の地盤への影響は建物直下の地盤条件に伴う現象に比べて相対的に小さいと考えられること、本件各建物の沈下の方向が北西であることは、隣地盛土の影響によるよりは、本件各土地の東側にある道路に接する部分がある範囲までよく締固められて安定した地盤を形成しているためであると考えられること、前記二で認定したとおり、本件各建物の戸扉の建てつけが悪くなつたり、各所にひび割れが生じるなど地盤沈下、建物傾斜の初期現象とみられる異状は隣地の埋立以前の昭和四五〜六年頃に既に発生していること、証人花崎定一の見解によつても、隣地の盛土が本件各土地に対して及ぼした影響の構造、範囲、程度が必らずしも明らかでないこと等に照らすと、本件各土地の地盤沈下の原因について藤本所有地の盛土の影響を全く否定し去ることはできないにしても、その程度はこれをもつて唯一もしくは主たる原因と認めることはできないのであつて、これと見解を異にする前記証人花崎定一の証言は直ちに採用することができない。

7 以上認定の事実によれば、本件各土地・建物には売買契約時に瑕疵が存在しており、この瑕疵は買主たる原告らにおいて通常の注意を用いても発見できない、いわゆる隠れたる瑕疵であつたと認めることができる。

四そうすると、被告北村は原告らに対し、売主の瑕疵担保責任により原告らが被つた損害の賠償をなすべき義務がある。

五次に請求原因事実5の被告沢野商事に対する責任について検討する。

1 原告らは被告沢野商事も売主であつたとして、被告北村と連帯して瑕疵担保責任を負うべきであると主張するが、前記一で認定したとおり本件各土地・建物の売主は被告北村であり、被告沢野商事が売主であつたと認めるに足りる証拠はない。従つて原告らの主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。

2  原告らは被告北村は被告沢野商事の被用者であり、被告沢野商事は被告北村が原告らに与えた損害を使用者として賠償すべきであると主張するが、被告北村が被告沢野商事の被用者であつたと認めるに足りる証拠はなく、右主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。

3  次に原告らは被告沢野商事は本件各土地・建物の施工業者として民法第七〇九条、第七一六条但書に基づく不法行為責任があると主張するので、この点について検討する。

本件各土地の地盤が有機質土層を含む極めて軟弱な地盤であり、その上に建物を建築するには、基礎工事として、良質の埋土材を使用して地表面から五、六メートルまでを置換し、この埋土の中にいわゆるべた基礎をコンクリート材でつくつて基礎を固めるか、支持杭を使用するなどしなければならず、右有機質土層に達しこれを破壊するような長さの摩擦杭を打込むことは避けなければならないことは前記三で認定したとおりである。

ところで、被告沢野商事は地元の建売住宅の施工、販売業者であり、本件各土地がもと水田で同被告がこれを買取る直前まで半ば沼地の状態にあつたことをよく承知しており、従つてその地盤が軟弱なものであろうことは十分予想し得たのであるから、専門業者としても同地上に建売住宅を建築するには、予め地盤の地質調査を十分に行い、その結果判明した地質の状況に応じ適切な基礎工事を施し、いやしくも土地が地盤沈下を生じその上に建築された建物がそのため傾斜するような結果を招来することのないよう注意し、建築請負業者に宅地を造成及び建物建築工事を注文する場合には請負人に対し右の点について適切な指示をなすべき義務があるものというべきである。しかるに、前記三2で認定したように被告沢野商事は右調査を行うことなく、極めて短期間のうちに簡単な盛土工事を行い、かつ請負業者の長岡及びその下請業者の鈴木と協議の上基礎工事として摩擦杭を打込むこととしたのである。被告沢野商事としては、右のような工法で基礎工事が行われた場合、杭が埋土部分を超えて有機質土層にまで貫入し、地盤を破壊させるとともに軟弱地盤の圧密沈下との合成により、本件各建物が傾斜し沈下するであろうことを予測してこれを避け、他の適切な工法をとるよう長岡もしくは鈴木に指示すべきであつたのであり、従つてこれをしなかつた点に過失があるものといわなければならない。

よつて、被告沢野商事は原告らに対し右過失によつて生じた損害を賠償する義務がある。

六そこで、原告らに生じた損害について考えてみる。

1  〈証拠〉によれば、本件各建物の補修・復旧工事方法としては、建物を持ち上げて基礎のコンクリートの中へ鉄筋を組入れた上、建物を戻す方法によるが、それにかかる費用は昭和四八年一一月三〇日当時の見積では、原告梅沢の建物では金二一五万五三〇〇円、原告小滝らの建物では金一五〇万〇八五〇円、原告阿部らの建物では金一四三万四五〇〇円であること、しかしその後工事代金の値上りもあり、昭和五七年一月二一日の見積では、原告梅沢の建物で金三〇六万五二五〇円、原告小滝らの建物で金二一四万円、原告阿部らの建物で金二一〇万三〇〇〇円であること、また浴槽の取替費用として各金四万四五〇〇円、右工事に伴つて一旦とりこわしを必要とするブロック塀の補修費用として各金七万三三三三円(全部で金二二万円)をそれぞれ要することが認められる。

ところで〈証拠〉によれば、原告小滝らは昭和五四年四月五日同人らの土地及び建物を娘夫婦の島田幸雄、同美津子に売却したことが認められるので、原告小滝らの建物の補修・復旧に要する費用は前記昭和四八年一一月三〇日の見積による金一五〇万〇八五〇円の限度で認めるのを相当とする。

なお、右売却の代金額の決定に当つては本件各土地・建物の前記瑕疵が考慮されたものと推定されるから、右売却によつて原告小滝らの損害が当然に填補されたものということはできない。

2  次に原告梅沢は、右各建物の補修・復旧のために一時的に立退かざるを得ず、そのため他に代替住居を賃借しなければならない費用として昭和四八年九月一日から口頭弁論終結時まで一か月金四万五〇〇〇円の支払を求めるが、原告梅沢が右期間中同人の建物から他に転居した事実を認めるに足りる証拠はなく、同原告本人尋問の結果によれば、かえつて引続きこれに居住していることが推認されるから、右主張は理由がない。

3  次に原告小滝ら及び同阿部らは、同原告らの本件各土地・建物の改良補修工事期間中の店舗新設費用、工事期間中の休業損失、移転先の賃料並びに移転料等を損害としてその賠償を請求する。

しかし、〈証拠〉によれば、原告小滝らの建物では、前記のとおり同原告らから島田幸雄と共同でこれを買受けた島田美津子が理髪業を営んでいたが、建物が傾斜していても営業には格別差し支えがなかつたこと、同人は昭和五六年五月理髪店をやめ、同年七月右建物から他へ移転し、同年九月これを他へ売却したことが認められ、右事実によれば、原告小滝らについて前記損害の発生はこれを認めることができない。

また、原告阿部ら主張の右各損害については、原告阿部兵助がその本人尋問において一部右主張に副う供述をするが、これを裏付ける的確な証拠がないので、直ちに信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  なお、被告北村の債務は、前記のとおり、民法第五七〇条、第五六六条による売主の担保責任に基づくもので、これは売買目的物の瑕疵によるいわば契約の一部無効につき、売主の過失・無過失を問わず買主の信頼を保護するための制度であるが、賠償すべき損害の範囲は、本件各土地・建物の売買契約の目的に照らしてこれを判断するのを相当とするところ、原告らによる本件各土地・建物購入の目的が少くとも居住用であつたことは明らかであるから、右記1で認定した各損害はいずれもこれに含まれるものというべきである。

七ところで、被告北村と被告沢野商事の各債務は不真正連帯債務の関係に立つと解するのが相当であるから、結局、被告らは各自、原告梅沢に対し金三一八万三〇八三円及び内金二一九万九八〇〇円については訴状送達後であることが記録上明らかな昭和四九年一月二一日以降、内金九八万三二八三円については請求を拡張した第二七回口頭弁論期日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による遅延損害金を、原告小滝らに対し金一六一万八六八三円及びこれに対する訴状送達後であることが記録上明らかな昭和四九年一月二一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告阿部らに対し金二二二万〇八三三円及び内金一四七万九〇〇〇円については訴状送達後であることが記録上明らかな昭和四九年一月二一日以降、内金七四万一八三三円については請求を拡張した第二七回口頭弁論期日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一月二〇日以降完済まで各年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべきである。

八結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は被告らに対し右金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤安弘 澁川滿 太田武聖)

物件目録〈省略〉

損害金一覧表〈省略〉

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